脳と性格、個性
脳の構造や神経細胞の並び方はあまり個人差がありません。
しかし、一人の人で見ると、神経細胞の数は生涯を通じて変化していきます。
じつは、人の神経細胞の数は、誕生したばかりのときが最も多く、歳をとるにつれてどんどん減っていくことがわかっています。
つまり、若い人のほうが神経細胞をたくさんもっていて、年輩の人の神経細胞はより少ないというわけです。
そして、神経細胞が減るスピードは皆さんが普通に想像するよりもずっと速く、1日に数万個という猛烈な速さで減っていきます。
これは1秒に1個くらいのペースで神経細胞が死んでいる計算になります。
それだけたくさんの神経細胞が毎日つぎつぎと死んでいってしまうのです。
その結果、脳の重さは生まれてから70歳になるまでに約5%も減ってしまいます。
神経細胞の数は減る一方で決して増えないことにはちゃんとした理由があります。
じつは、神経細胞には増殖する能力がないのです。
神経細胞ではないほとんどの体の細胞には増殖する能力が備わっています。
よく知られた例としては肝臓の細胞が挙げられます。
肝臓は手術などでたとえその90%を切除してしまっても数ヶ月のうちには、残った肝臓の細胞が増殖してもとの通り立派な肝臓に戻ります。
また、皮膚や腸や血液の細胞などは常に盛んに増殖していて、つぎつぎと新しい細胞に作り変えられています。
こうした細胞とは対照的に、神経細胞には増殖する能力がなく、死んでいく一方なのです。
そして、死んでしまった神経細胞はもう2度と復活しません。
それでは、なぜ神経細胞には増殖する能力が与えられていないのでしょうか。
おそらく、その理由は「脳の個性」を保ち続けるためでしょう。
もし、脳でつぎつぎと新しい神経細胞が作られ、古い神経細胞と置き換わってしまったとしたらどうなるか考えてみてください。
神経細胞は、考えたり、感じたり、想像したりと、まさに人の性格や行動を司っているものですから、それがすっかり入れ替わってしまったら、その人がその人でなくなってしまいます。
つまり「今日の私」と「明日の私」は別人になってしまうというわけです。
これでは人間として社愛にきちんと適応できないどころか、生物として生存していくうえでもきわめて不利になってしまいます。
一般に、生物は外界の情報を吸収し適応していくことで生存しています。
経験を蓄えて環境に適応しながら生きているのです。
記憶は生きるために必要不可欠であるといってもよいくらいです。
しかし、神経細胞がつぎつぎと入れ替わってしまったら、せっかくたくわえた記憶も消えてなくなってしまいます。
これでは生存に不利なのはいうまでもありません。
そんなわけで、おそらく脳は長い自然淘汰の課程で、神経細胞を増殖させずに、同じ細胞を生涯かけて使いまわすという方法を選んだのでしょう。
神経細胞を守るためには
神経細胞は増殖せず、死んでしまった神経細胞は復活しません。
しかし、そのように自然に死んでいってしまう神経細胞のほとんどは、脳の中で必要とされていなかった神経細胞なのです。
使われていない神経細胞が選ばれて死んでいくのです。
これは脳にとって合理的なことでしょう。
エネルギーを無駄に消費しないためにも必要のないものは削ってしまうほうがよいのです。
ということは裏を返せば、私たちが意識して脳をよく使っていれば死んでしまう神経細胞の数を抑えることができるはずです。
ただ実際のところ、約1000億個もある神経細胞のうち、ひとが意識的に活用できる細胞の数は10%にも満たないので、どんなに頭を使ってもやはり死んでしまうスピードそのものを抑えることはほとんど不可能です。
ですから、神経細胞がつぎつぎに死んでしまうという惜しむべき現象は、普段あまり気にしなくてよいと思います。
ところが、ときには脳にとって必要な神経細胞でも死んでしまうことがあるのです。
こうした場合には脳の機能にとても重大な問題が発生してきます。
たとえば、記憶に深く関係している細胞がたくさん死んでしまうと痴呆症になってしまいますし、体の運動を制御している神経細胞が死んでしまうと運動障害がおこります。
前者としてはアルツハイマー症、後者としてはパーキンソン病が代表的な疾患として有名です。
そんなわけで、神経細胞が自然に死んでいくことはある程度仕方ないにしても、私たち自身も必要以上に神経細胞の死を早めないように十分に気を配る必要があるでしょう。

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